インテグラル・トレーニング  サッカー  フットサル  ミゲル・ロドリゴ  宮澤ミシェル  指導者  育成 
2015年11月01日

ミゲル・ロドリゴ×宮澤ミシェルが語る「育成論」
日本の現状を変えていくための大きなポイント
「9歳まではフットサルがフットボールの公式競技になるべき」(後編)

フットサル日本代表監督のミゲル・ロドリゴ氏とサッカー解説、指導者の宮澤ミシェル氏が議論を交わす本誌と連動した対談企画。国内のフットボールシーンの行方を左右する、「育成」、「指導」という話題に、2人の熱い言葉が交錯する。前編に続き今回は、育成年代の指導における、本当に必要なアプローチや思考法について、考えていく。

photo by Yoshinobu HONDA

文=ROOTS編集部

現在の日本は、タレントの重要性への「理解」が始まっている段階

――現在、ゴールデンエイジからユースまでの育成年代の指導現場では、タレントが埋もれているということへの認識や、そのタレントを解放してあげるという指導方針が浸透してきているのでしょうか?
ミゲル 例えば、S級ライセンスの講習会で毎年フットサルの講義、実技をやらせてもらっていたり、それ以外の講習会、講演会なども含めると、これまでに1000人以上の指導者の方々との交流があり、皆さんに今のような話(※前編を参照)をすると、首を大きく縦に振って頷いていました。でも、理解はできるけど、じゃあどうやってやればいいのかというところがまだ進んでいないのかなと思います。体系化された指導教本やメニュー作りのアプローチ方法などがまとまったものがまだありません。そういうものを少しずつ作っていくことが大事だと思います。今の日本の状況は、様々な場所でそういう話が語られたり、出版された本の中に書かれていたり、最初の「理解」が始まっている段階です。指導者のライセンスコースでもそういうことが言われるようになってきましたし、「子どもは子どもであって、“小さな大人”ではない」んだという解釈が広がっています。その段階からさらに一歩上がっていき、実行していくには、マニュアルではないですけど、ガイドラインのようなものが必要になってくるのかなと。
宮澤 指導者研修では指導の形を教わったりしますが、その“形”だけではないと思うことがあります。でもなかには、あるメニューをやると「この練習はもうやっているよ」と言う指導者がいるわけです。でもそれは、“どうやってやるのか”が重要であって、メニューの“形”ではないんですよね。
ミゲル 「奇跡のレッスン」で訪問したチームの指導者と、番組の続編で振り返ってお話しする機会があったのですが、「どんなガイドラインでやっているのかは分かったけど、どうやっていいかが分からないから最初は子どもたちを褒めすぎてしまった」と話していました。そこから徐々にバランスが取れてきて、うまい具合に自分のなかでのスタンスができてきたということでした。実際にコーチには内緒でトレーニング風景を撮影していたのですが、ピッチに入って、質問をしながら選手から引き出し、自分の指導スタイルのなかにうまく吸収できているようでした。ですから、同じように講習会や講演会で納得してもらえた人には、実際にそれをやっている姿を、数時間ではなくもっと何日間という期間で感じて体験してもらうところから始めないといけないかもしれませんね。
宮澤 確かに実践が必要ですよね。番組内での練習でも、チームの首脳陣は、子どもたちが自陣からのビルドアップで真ん中に行って失敗して取られて失点してしまったシーンで、「真ん中に行くとそうなるから、外から行け」と言うんですけど、でもスペインではそこで「中に行け」って言うんです。指導者にとっては、そういうところにも一つヒントがあると思うんですよね。なんでそこで「中に行け」って言ったのかなって。より中に引き付けておいて外にいくイメージだったりするわけですよね。
ミゲル まさに子どもたちがしなくてはいけないのは、いつ中にいくのか、いつ外にいくのかというのを自分で見て決めることです。「理解」の段階だと話しましたが、指導者のなかには最初から、「それはどうなの?」と言って納得しない人もいますね。
宮澤 それはいますね。僕が招かれて子どもたちを教えに行く機会があって、そのチームのコーチも「どんどんやってください」と言っていたのに、気が付いたら同じ練習でも全くコンセプトが違うことをガンガン言い始めたり、練習のなかにどんどん入ってきたりする人がいて。途中で分かったんですけど、それが僕の大学の後輩だった(苦笑)。

「考えながらプレーする」ことに重点を置く「インテグラル・トレーニング」

ミゲル そうなんですね。でも、特に日本の8歳〜10歳くらいの子どものタレントはすごいと思います。リラックスしているときの1対1やテクニックなどは、スペインでもそんな子はいないというほどです。ただし、そのゴールデンエイジを過ぎてから18歳〜19歳くらいまでのユース年代を経ていく期間に何かが起きています。そこでタレントが伸びていない原因があるはずです。ゴールデンエイジの捉え方は様々ありますが、6歳~12歳くらいまでの子どもが最も柔軟性を持っていて、そこでベースが作られていきます。
宮澤 プロクラブの育成組織のユースを除いて、普通の強豪クラブ、強豪校のほとんどは、これまで根性や体力でやってきたんです。でもそこに気が付いた指導者が、少しだけやるっていうような状況で、現在の高校選手権とかが行われているんです。それでもだいぶ、以前とは変わってきましたけどね。
ミゲル 日本サッカー協会が2050年までにワールドカップで優勝すると掲げていると考えれば、まだ時間はありますね。
宮澤 そういう面では、指導者研修も盛んに行われているし、急激に変わってきましたよね。でも思うのは、スペイン代表が(パスやボールをキープするような)華麗なスタイルを目指して2010年にワールドカップでチャンピオンになりましたよね。あのときのメンタルはどこからきているんですか? もちろん、メンタルは必要ですよね?
ミゲル 以前は、(ホセ・アントニオ)カマーチョ監督が指揮していた時代などは気持ちの入った“怒れるスペイン”でした。ただ、その根性スタイルでは勝てませんでした。そしてその後の世代から少し変わってきました。やっぱり、考えながらプレーしないといけない、と。その機運はスペイン全体で広がっていき、他のスポーツも共通してそうなっていました。バスケットボール、フットサル、ハンドボール、水球などもそうですね。それに象徴されるものの一つが、トレーニングの構築法です。それは体育大学やいろんなスポーツの競技団体、連盟などすべてに共通していて、「こういうやり方をしていきましょう」という、トレーニングの考え方です。それが、「考えながらプレーする」ということです。そういう考え方の変更があって、価値観が変わっていったので、それ以前は肝っ玉を強く持ってたくましくて戦えることが重宝されていたものが、比較的小柄な選手で頭を使いながらプレーできる器用な選手が重宝されるようになっていきました。
宮澤 あれだけの過密なコンペティションで勝っていけるということは、日本だって……。
ミゲル そうですね。5、6年の間の世代に、ものすごいタレント、キャラクターの選手が育ちました。若いけど、十二分な準備ができているというような世代が、その期間で一気に出てきたんです。サッカーだけではなく、他のスポーツでも同じことが言えます。
宮澤 ということは、日本の子どもたちにも、特別なメンタルの教え方とかをしなくても勝てますか?
ミゲル スペインでは、今お話ししたような、「考えながらプレーする」というアプローチに重きを置くトレーニングの発想があります。それを体育大学でも、その他の団体でも、みんなが同じコンセプトで指導者ライセンスを取得して指導するようになっていきました。そうした流れを作っていっただけなんです。スペインで出版されているスポーツ指導系の書物にはまず、「インテグラル・トレーニング」といって常に考えさせながら実践的なものにするメニューの考え方と、スポーツ選手の各年代別の心理的な特性を理解して、それにふさわしいアプローチをしようということが共通して記載されています。私が母国のスペインを背景に日本でも採り入れられる手段はそこかなと。必ずしも「インテグラル・トレーニング」かどうかは分かりませんが、今の状況を改善するような日本に合ったトレーニングスタイルというのがあるはずで、それを指導者全員が同じ方向を見てやれるようになっていけばいいと思っています。もちろん、これは簡単なことではありません。
宮澤 日本の指導者研修でもいろんな教本を作っていますが、それを実践する人によって異なるでしょうし、各々のパーソナリティーもありますから、全員が同じようにというのは簡単にはできないですよね。それが面白いところなんですけどね。
――マニュアルのとおりにやると言っても、お話しにあったように、小学生、中学生、高校生それぞれの年代の心理的な特性も理解しないといけないんですね。そこの成長の度合いも選手ごとに異なると思いますし、マニュアルは必要ですが、結局のところ考えて指導するという意味でも指導者のパーソナリティーもとても大事な要素ですよね。
ミゲル もちろん、スペインでもそこは大切です。ただ、哲学や考え方が共有されているということ。まずはモチベーションがあり、そこから技術や戦術が乗っかっていくと。そして、子どもはそれぞれの成長段階があるので、その年代、段階にふさわしいことをしようとか、「考えながらプレーする」とはどんなことなのかを示してあげるといったことです。さらに、ひたすらドリルを繰り返すだけのトレーニングでは実現できないので、それに対応したインテグラル・トレーニングをスペインでは採用しています。フィジカルも技術も戦術も、考えながらやるということです。そうやって考えると、インテグラル・トレーニングとは、ものすごく構築が難しい“スーパーメニュー”です。ものすごいビタミンが詰まった、尋常ではない魔法のような“スペシャルメニュー”。それくらい考え抜かれて、趣向を凝らしたメニューにならないといけないということです。
宮澤 それをやってスペインは、今のようなサッカーになったと。
ミゲル 実は、サッカーがその流れに一番遅れて乗っかりました。やはり、インドアスポーツなどと比べると、サッカーの場合は国内でも“スポーツの王様”なので、どちらかといえばその変化に鈍い。まずはハンドボール、バスケットボール、フットサルが、何かを変えないといけないということで、その構築に取り組みました。

ゴールデンエイジやそれ以前の時期に見せていたタレントは消えない

宮澤 日本のスポーツ界では、育成組織の発達はサッカーが一番早いと言われているんですよ。野球のほうが歴史は長いけど、現場ではそれほど詳しくない人が教えている場合も多いと聞きます。その一方で、トップレベルではなかなかタレントが見られないんです。
ミゲル そうなんですね。サッカーが一番進んでいるという話は驚きです。
宮澤 日本のサッカーはヨーロッパを追い掛けているから進んでいるのかもしれませんね。でもやっぱり、もっとタレントを感じたいんですよ。それこそサッカーの面白さだと思うので。それは、今の育成方法、環境からでも出てくるのかどうか……。
ミゲル 先日、日本代表のリカルド・ロペスGKコーチとFC東京のサンダサ選手と食事をしたんですが、リカルドは「日本人のタレントはすごい」と言っていましたし、サンダサも、「すごいうまい選手がいる。メッシみたいに。でも全然試合に出られないんだよね」と話していました。そのうまい選手は、実際のゲームではそれを見せないそうです。「まるで外国人の俺たちに任せておけばいい」というかのように。そういう意味では、ゴールデンエイジやそれ以前の時期に見せていたタレントは消えないのかなと。
宮澤 なるほど。見たいですね、タレントを。
ミゲル ただ現状では、指導者がトレーニングを設計するなかで、そのプランがより緻密になっていて、タレントを自由に発揮する場が限られてしまっていたりすることはあります。
宮澤 そう、それはよくあります。
ミゲル 指導者には、選手が自由にやることを許すことも必要ですね。たとえばフットサルでは、フットサル日本代表の仁部屋(和弘)選手は非常にタレントを持っています。他にも、1対1が得意な選手が何人かいますが、私はやらないことを叱ります。ゴールの近くまで侵入して、しかも得意なサイドにいるのになぜ躊躇するんだと。彼らには、それしか言わないくらい、そのことを強調しています。みんなにもっと見てもらえるスポーツにしようとしている時に、選手はもっともっとやらないとテレビにも映してもらえないですし、お客さんに見に来てもらうこともできません。
宮澤 スペインの自由度は高いんですよね?
ミゲル スペインは(得意なプレーを)やらないとすごく怒られます。
宮澤 教えながらタレントが出てくると。
ミゲル 特に、アタッキングサードではそうしたものが発揮されるという期待が前提にあります。
宮澤 ちょっと厳しい言い方になってしまうけど、Jリーグでは同じようなプレーをする選手が多く見られますね。全体のスピードなんかは上がってきたけど、それはどうなのかなって。
ミゲル 確かに、もっと自由があってもいいように思いますね。フィジカルも強くなったし、運動量という点でも申し分ない。でも走れるからといって、そこで特別なスキルやタレントを見せてもらえないと、試合はつまらないですよね。
宮澤 たとえばバルセロナであれば、メッシがいなくても面白い。他のチームもそうですけど、本当にタレントがいて、ルーニーとかロッベンとか、ボールを持ったら何をやってくれるんだろうって。僕自身、そういう選手を育てたいんです。
ミゲル ものすごい選手はなかなか出てこないですが、“クラッキ(名手)”というような選手はいますからね。そこはこの先の日本でも、変えていけると思っています。私自身、サッカーの指導の勉強もしたので、いずれそっちの指導をしてみたいという気持ちもあります。

指導者の本当の使命というのは、タレントを引き出すということ

宮澤 戦術は小さいときから教えるんですか?
ミゲル ベーシックなコンセプトから始まって、各年代に応じて複雑なものを教えていきます。そういった戦術の基本的な部分はサッカーと共通しています。フットサルの場合は、そこからセットプレーの使い方など、もう少しバリエーションが豊かになっていきますね。
宮澤 フットサルがまさにそうですけど、少人数でやるっていうのは、面白いですよね。
ミゲル ずっと言い続けていることなのですが、9歳まではフットサルがフットボールにおけるオフィシャルスポーツになるべきだと思っています。フットサルはサッカーの6倍のボールコンタクトがあるので、あらゆる体験によって子どもの技術、戦術が伸びていきます。狭いスペースでたくさんボールに触るので、頭を使うスピードも早くなり、リスクと常に隣り合わせでプレーすることも学べます。
宮澤 スペインでは両方やるんですか?
ミゲル サッカーに行く選手でも、最初はフットサルから始めますね。ブラジルでも、15歳くらいまでは、サッカーの選手でも週に1回はフットサルの練習に参加するケースもあるようです。
宮澤 それは日本の現状を変える大きなポイントかもしれないですね。体育館でなくても、ピッチを分割してやってもいいと思いますし。
ミゲル そのとおりです。それと一番大切なことはフットサルボールを使うことです。よく弾むサッカーボールでは、奪われることを恐れてすぐに蹴ってしまうんですが、フットサルボールを使うことで、動かしてターンしたり、次のアクションを落ち着いてできるようになります。あまり長いボールを蹴れない分、周囲の選手もサポートに顔を出す工夫ができるようにもなります。
宮澤 ボールの違いに最初は戸惑うかと思いつつ、子どもたちは自然と慣れていきますよね。
ミゲル ただよく誤解されるのは足裏でコントロールすることを、なぜフットサルで頻繁に使うのかということ。それは、動きながらコントロールするためだからです。やはりボールが飛び交っているうちはタレントは目立たないですから、足元にボールが収まっているときに何ができるかだと思います。
――ミゲル監督は「タレントが消えない」と言っていましたが、その意味でも、小学生、中学生、高校生年代のコーチングの部分が、この先のフットボール界の重要なテーマということですよね。
ミゲル ある時期に持っていたはずのタレントが、何かしらの理由でディスカウントされ、埋もれてしまっているんです。ですから、指導者の本当の使命というのは、タレントを引き出すということに尽きるのかなと。これは金の採掘の仕事と同じです。埋もれている金を採取するのは、うまくいけばあっさり取れるし、なかなかうまくいかないこともありますよね。でもそれをひたすら繰り返していく、と。
宮澤 なるほど。ちなみに、ミゲルさん自身も、ずっとフットサルをしてきたんですか?
ミゲル 実はもともとはラケットスポーツ出身なんです。最初はテニスで、中学生のときにはバドミントンで全国大会にも出ています。もちろん、フットサルは学校でやっていました。学校対抗リーグなどもあったので。でも、9歳のときにサッカーに誘われたのですが、一週間くらいしか持ちませんでした。寒いし、土のグラウンドだし、体の当たりが激しいし、ボールに触れないし……。
宮澤 それは意外ですね。
ミゲル それで18歳か19歳くらいのときに友人に誘われて地元のグラナダでチームを作ったんです。創設メンバーだけでずっとやっていたのですが、徐々に強くなっていってついには全国リーグの2部まで上がりました。そのときは選手兼監督でやっていたのですが、さすがにそこまでいくと周りのチームにはブラジル人もいたり、プロチームがあったりして厳しかった。そんな頃に、当時のスペイン代表監督のハビエル・ロサーノと出会い、人生がガラッと変わりました。指導者ライセンスコースのコンテンツ作りをお手伝いさせてもらったりもしました。だから私は、「偶然の指導者」なんです。最初からこうなろうとは思っていませんでした。まさにエンターテインメントですよね。
宮澤 すごいな。そういう人生は面白いですね。そうやってつながってくるところに、ミゲルさんの人間性が現れているんだなって思います。

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ミゲル・ロドリゴ
1970年7月15日生まれ、スペイン出身。09年にフットサル日本代表監督に就任。世界最高峰のスペイン流コーチングメソッドを導入して強化を図ると、12年にAFCフットサル選手権を制覇し、同年のフットサルW杯では、史上初のラウンド16進出を遂げた。14年にはAFC選手権を連覇し、今後は16年のAFC選手権3連覇、W杯ベスト8進出を目指す。

宮澤ミシェル
1963年7月14日生まれ、千葉県出身。国士舘大学を経て1986年にフジタ工業サッカー部(現・湘南ベルマーレ)に加入。92年に東日本JR古河SC(現・ジェフユナイテッド市原・千葉)に移籍し、94年には日本代表にも選ばれた。95年に現役を引退し、現在は解説者やコメンテーター、ラジオ番組のバーソナリティー、ユース年代の指導者として活動する。





ROOTS編集部(るーつ・へんしゅうぶ)

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