サッカー  フットサル  ミゲル・ロドリゴ  宮澤ミシェル  指導  育成 
2015年10月31日

ミゲル・ロドリゴ×宮澤ミシェルが語る「育成論」
日本のフットボールシーンにはびこるメンタリティー
「筋肉とハートと頭を使って蹴らないとゴールは入らない」(前編)

フットサル日本代表監督のミゲル・ロドリゴ氏とサッカー解説、指導者の宮澤ミシェル氏が議論を交わす本誌と連動した対談企画。国内のフットボールシーンの行方を左右する、「育成」、「指導」という話題に、2人の熱い言葉が交錯する。古き良き時代の日本が築いたメンタリティーの功罪であり、日本がさらなる発展を遂げるために進化すべきポイントとは何か。

photo by Yoshinobu HONDA

文=ROOTS編集部

「整列」によって養われてきた日本人のメンタリティー

宮澤 日本の教育のなかでフットボールをどのように捉えていて、それはスペインとどのように違うのかというようなことをお話しできればと思います。ちなみに、僕らが小さいときには、あまりサッカーを教えてもらえませんでした。上級生がやっているのを見ながらやっていたという感じですね。今思えば、ちょっと遠回りしていたのかなって思います。
ミゲル スペインの子どもたちはかなり早い段階で教わっていますね。そういう意味では、日本よりも文化が進んだ状態にあるかもしれません。クラブもあれば自治体が蹴る機会を提供する場所もあるし、学校でもやっています。
宮澤 スペインは学校でもやっているんですね。
ミゲル 主に体育の授業でフットサルをやっています。その他にも、だいたい8つのスポーツを1年間で取り組むんです。もちろん、女子もやりますよ。
宮澤 そうだったんですね。フランスには体育の授業がないので、ヨーロッパはみんなそういうものだと勘違いをしていました。スポーツは親が金を払ってクラブに行ってやるものだと。
ミゲル スペインでは、スポーツをする権利というのが法律でも認められていて、現在は6歳以上の体育の授業を受け持つ人は、専門の先生でないといけないんです。教職免許を取得する際に、中学生までを教える場合は3年間、高校生以上を教える場合は5年間、体育の専門課程があって、それを修めた人でないと指導にあたれないんです。今はすべての学年で週に2回以上の授業が義務付けられています。
宮澤 それは初耳ですね。日本にも体育の授業はあるけど、あれこれとやるべきことがたくさんあるんですよ。実は僕も体育の先生の免許を持っているんですけどね。
ミゲル 以前住んでいた日本の自宅マンションのすぐ下には学校の校庭が見えるのですが、まるで軍隊のようでした(笑)。スペインでも何十年も前にはそうした光景が見られたかもしれないですね。
宮澤 そういった教育が体育の授業にも盛り込まれていて、実はそれらが子どもたちのサッカーにも災いしてきているんじゃないかと思うんですよ。
ミゲル 例えば「整列」という概念がありますよね。スペインの場合、体育の授業で準備運動をしましょうと伝えると、みんなその辺でバラバラにストレッチを始めます。でも日本ではみんな整然とやるので、だからこそ、そういう面では強いメンタリティーが養われるのかなと感じました。少なからず影響しているなと。
宮澤 それを日本に来て感じたんですね。
ミゲル そうですね。そういったものは遠い昔に終わっていて、今は新しい時代に入っているんだろうなと思っていましたから。
宮澤 フットサルの日本代表を初めて指揮したときにも感じました?
ミゲル はい、最初の国内キャンプは衝撃でしたね。ある程度、日本の本を読んだりして心の準備や情報を仕入れていましたし、選手がどういう人たちで、どんな感じなのかということも分かっていたつもりでした。でも違いました。例えば日本でも「ゲームフリーズ」という言葉がありますよね。プレーを止めながらコンセプトなどを説明するやり方です。それをやったときに、「今のは悪いことではないけど、もう一度、今のシチュエーションを思い返してみて。今はどうなってる? ディフェンスはどう? 味方はどこ? ディフェンスのカバーリングは? もう一度やるとしたら何をする?」って具合に問い掛けて、「さあ、行こう」と言ったら、動けなかった。最初は自分がうまく伝えられていないと思ったのですが、そうではなく、監督がどうやるか指示するのを待って構えているようでした。それから少しずつ変えていきました。「どういう決断をしたとしても叱られたり、罰を与えたりすることはない」ということを分かってもらえました。関係性としては、私はコンセプトや考え方、どんなことを気にすべきか、どんなことを考えるかといったアドバイスは与えますが、実行するのは彼ら自身です。それで今はゲームフリーズ後の躊躇はなくなりましたが、今度はその判断、決断を早くしようという段階です。

技術や戦術よりも先に、自信を持つことが必要

宮澤 躊躇はなくなったんですね。選手は、自分でアイデアを持てていますか?
ミゲル それは選手同士でも試合中に話し合ったり、監督にも「今はこうしたほうがいいですよね」って聞いてきたり、アイデアは持てるようになってきました。でもまだ、タレントが埋もれているかなと。
宮澤 日本の教育で、そこを出しちゃいけないというような下地が築かれてしまっている面は少なからずありますよ。
ミゲル タレントを出しすぎると、偉そうとか威張ってるとか、ですよね。だから僕は「出る杭は打たれる」ではなく、「杭は下から叩け」と言っています。出ている杭の本数や高さがあるほうが試合に勝てるんです。
宮澤 そうなんですよね。僕の場合は、小さいときに普段の生活から親に抑えられていました。国籍が異なることもあって、親が「日本に合わせないといけない」と。僕は“聞かん坊”だったからなおさら言われて。だからやっちゃいけないってずっと思っていて、周囲を気にしてすごく慎重になっていましたね。それでサッカーのときだけはめちゃくちゃ好き勝手にやってました(笑)。
ミゲル 指導者といつも話すのは、ピッチの中と外でいうと、「外は素晴らしい」と。そこには日本社会を作っている素晴らしいカルチャーがあります。ただし、ピッチの中では、変えなくてはいけないと思います。タレントを全開に発揮することを許さなきゃいけない。そのためのアドバイザーであり解放者であるのが指導者であるべきです。
宮澤 そうですよね。ただ日本の場合は、指導しすぎかなということも思います。
ミゲル プレーのスタイルを指導者が決めて、どういうふうにプレーするのかということが、感覚的には全部指導者によってコントロールされていて、外れたことが許されない。そうなると選手のマインドは、「言われたとおりのことを何とか実行して、ミスしなければ怒られない」となります。
宮澤 そうそう。だからこういうこともあります。「先生、ここはワンタッチでやるの? 2タッチでやるの? それともフリータッチですか?」とか。何にも言ってないんだから勝手にやればいいんですよ。こちらとしては、そこでどうするのかを見たいんです。
ミゲル そうしたことが、今のフットサル日本代表では、6年間の接し方によって変わってきたことを感じています。ただ、サッカー日本代表を見ると、あれだけ良い選手を抱えているのに、ここぞという試合では、自分のクラブでやっているときの半分のパフォーマンスも出せていない印象があります。
宮澤 そうなんですよ。
ミゲル 「もっとできるはずなのに……」と、見ていて思います。
宮澤 サッカー日本代表の話はするつもりはなかったんだけど、アジア2次予選のシンガポール戦は良くなかった。あれだけチャンスがあったのに……。ハリル監督が言った言葉で印象的だったのが、「もしかしたらプレッシャーを掛けすぎたかもしれない」と。それこそが日本人の弱いところだと思います。外国人は余裕があるけど、日本人はそうではない。
ミゲル まさにフットサル日本代表でも、2回ほどそうした経験があります。
宮澤 やっぱり。
ミゲル 1回目で悪い形が出てしまって、それ以降は対応できるようになりました。2010年のアジア選手権で、準決勝でイランと対戦したのですが、川原(永光)という守護神に試合前、「お前は世界一だ、お前に勝てるヤツはいないんだ」と胸を打ちながら言いました。ヨーロッパではそうやってプレッシャーから解放することがあるんですが、その試合に0-7で負けて、彼は自分が見たなかで一番最悪なパフォーマンスをしていました。そういう経験があったので、12年のオーストラリアとの準決勝では同じようにテンションが高まった選手たちをコントロールすることができました。試合は自分たちが支配しながらも、相手が自陣にすごく引いていてゴールが奪えない神経戦でした。0-0のまま決定機もないし、リスクを背負ったことでカウンターの餌食にもなりたくないという心理状態です。そこで残り10分でタイムアウトを取って、「戦術、戦略をいろいろやってきたけど、全部忘れろ。自分たちのプレーを楽しくやろう。自分が得意なプレー、ベストプレーをやってみよう。自由な鳥になった気持ちで羽ばたいておいで」と伝えました。そこから1分以内に2点を取って、結果的には3-0で勝ちました。日本人の特性を知りましたね。
宮澤 ジーコもかつて、「日本の教育からきているのでないか」って話していました。「良いときは良いけど、悪くなると極端に恐れ始めて悪くなる。これは見たことなかった」と。
ミゲル やはり子どもの頃の影響ですね。特に、ゴールデンエイジと言われる、自分のタレントを全開にしないといけない時期に、「戦術はこうするんだ」とか、「こうやるんだ」とプレッシャーが掛かっているなかでプレーしているんです。
宮澤 僕も(ユース年代の)指導者として、選手をうまくしようと思ってやっていますけど、でも人間的なところがちょっと足りないと感じます。
ミゲル おっしゃるとおりですね。育成年代というのは、パーソナリティーを作っていく時期ですから、最初は技術や戦術ではなく、まず自信を持って何かをするということからです。それができてから、その上に技術や戦術が乗っかってくる。「やってみよう、決断してみよう」というベースがあって、そこから技術や戦術のうまさが伸びていくんです。だから私は、(小学生チームを指導したドキュメンタリー番組)「奇跡のレッスン」(NHK BS1)でも、最初にそういったマインドのところに働き掛けました。ミスへの恐怖心、正直な決断、リスクなど、恐れを解き放ってあげる。「ボールを持っていていいんだよ。ミスをしてもいいんだよ」と。それで4、5日経つと子どもは自信を付け始めていました。
宮澤 僕も番組を見ましたが、子どもたちの変化をすごく感じました。それは何かというと、自立心だと思います。自分でサッカーをして、そこに考えが出てきて初めて、「楽しい」とかっていう感情も出てくる。

「ごめんの“G”」ではなく「ゴールの“G”」を描く

ミゲル ちょっと具体例を出すと、監督が最初にいわゆるフットサルの配置システムを示して、そこからボールが動いてフィニッシュまでいきますよね。攻撃の考え方の一つを伝えるわけです。そのときの監督のスタンスとしては、スタートの配置だけ決めますが、そこから発展させてどのようにフィニッシュまで持っていくかは、選手が相手を感じながら、自分たちでやっていくべきです。私はそのスタートポジションのときに、「こういったことが起きたときには、こういうことができるよね」というコンセプトというか、ヒントをいくつか与えておきます。そのどれを使って実現していくかは彼らの自由です。特にフィニッシュはもはやタレントの世界ですからね。トレーニングで磨くこともできますが、最も大事なのは、フィニッシュを促すこと。そこはサッカーもフットサルも同じだと思いますが、一週間に1000本のシュート練習をしても、試合の本当の勝負どころで外れていくこともあります。だからこそ、トレーニングすべきなのはモチベーションなんです。日本の指導者の典型的な例は、スタートポジションから「次はこうやって、こういう展開に持っていけばフィニッシュのゾーンまでいけるよ。あとは仕上げの部分だよね」と怖がらせるやり方です。
宮澤 場合によっては、最後のフィニッシュまで教えますから。いつも、「ゴール前にはマニュアルはない」という話をするんですけど、でもマニュアルがないと日本は苦しむんですよ。「教えてよ、どうやって決めるんだ」って。でも、昔からゴールを決めていた人って、それこそ僕らの年代になっても決めるものなんですよね。
ミゲル そういった意味で、いろんな場所で説明できないことを質問されることがよくあります。ただし、日本代表を見ていても、ゴールを決められないわけではないと思います。
宮澤 岡崎(慎司)選手を見ていてもそうですよね。蹴っ飛ばされたって点を取りたいという思いがある。もちろん素晴らしい技術も持っているけど、何よりもハートを持っている。
ミゲル 私も指導するときに、「筋肉とハートと頭を使って蹴らないとゴールは入らない」という表現をします。筋肉とは動作、アクションのことであり、ハートとはまさしく岡崎選手のことです。そして頭は、目を使って状況を見ることです。その3つが常にリンクした状態でシュートを打っているというシーンを見ることは少ないですね。日本人の指導者はテクニックの部分、体の動作で伝えようとしますし、ゴールを決めるためにどこまで考えて、駆け引きをしながら見ていくということを意識させられているシーンが少ない。それと今、フットサル日本代表では「ごめん」を禁止しています。そこにエネルギーを使ってしまうので。サッカーでは、そんなに何度も決断の瞬間にミスが起こることはないかもしれないですが、フットサルはミスの繰り返しのスポーツなので、ごめんを言い始めると、ごめんの繰り返しになりますから。
宮澤 「ごめん」という前に、そこで自分の頭で考えて決断してやれていれば問題ないですからね。でも確かに、日本だと「ごめん」で許されたりしますね。
ミゲル これは自分の考えですが、さあゴールに打つぞと考えるときに、すでに頭の中には「ごめんの“G”」が描かれているんですよ。打った瞬間に謝るというような(笑)。だから禁止しています。それを「ゴールの“G”」に持っていきたいんです。そしてそれは、日々の指導者の働き掛け次第で、持たせられるものだと思います。大人の年代になると、メンタリティーはもう固まってきているので少し時間を要すると思いますが、子どもに関してはすぐに変わっていきます。日本に住んで7年目になりますが、日本のカルチャーは好きですしリスペクトしているので、変えてほしいものは何もありません。ですから、今お話ししたようなものがプラスされていくともっと良くなるのかなと思います。
宮澤 そこを生かしたいですよね。“素晴らしい国”というだけではなくてサッカーにも。
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ミゲル・ロドリゴ
1970年7月15日生まれ、スペイン出身。09年にフットサル日本代表監督に就任。世界最高峰のスペイン流コーチングメソッドを導入して強化を図ると、12年にAFCフットサル選手権を制覇し、同年のフットサルW杯では、史上初のラウンド16進出を遂げた。14年にはAFC選手権を連覇し、今後は16年のAFC選手権3連覇、W杯ベスト8進出を目指す。

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宮澤ミシェル
1963年7月14日生まれ、千葉県出身。国士舘大学を経て1986年にフジタ工業サッカー部(現・湘南ベルマーレ)に加入。92年に東日本JR古河SC(現・ジェフユナイテッド市原・千葉)に移籍し、94年には日本代表にも選ばれた。95年に現役を引退し、現在は解説者やコメンテーター、ラジオ番組のバーソナリティー、ユース年代の指導者として活動する。





ROOTS編集部(るーつ・へんしゅうぶ)

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