パンこら  フレンチ  加藤未央  宝物  未央コラム 
2016年01月31日

副編集長・加藤未央のコラム
『パンツを右足から穿くように』
「自分の記憶に残すもの」

副編集長・加藤未央が自ら筆を取る本コラム、その名も『パンツを右足から穿くように』。皆さんにとって、自分のなかで「宝物」と言える記憶はあるだろうか。サッカーやフットサルの試合でも、仲間と語り合ったあの夜のことでも、高校時代の部活のことでも、もしくは日頃の生活のなかで経験してきたことでも、なんでもいい。人生を豊かにするのは、そうした“宝物の記憶”なのかもしれない。流れるように過ぎ去る日々のなかで、皆さんが今日、誰かと共有したくなる出来事とは。

Text by Mio KATO

文=加藤未央

 父の会社の近くに、大きな樽に木の人形、そしてなぜかサボテンがお店の前に飾ってある馴染みのフレンチがある。
「何のお店になるんだろうね?」と、まだ工事中だったそのお店の目の前を通り過ぎながら父と話をしていたときのことをよく覚えている。開店する前か後かは定かでないけれど、「どうやらフランス料理のレストランみたいだよ」という情報を仕入れてからも、開店してすぐにはお店へ行かなかったように記憶する。なにせ、樽と人形はともかく、やたらと大きなサボテンがお店の前に置かれ、しかもお店の入り口の扉と壁が赤い木の板でできているものだから、見た目の雰囲気はフレンチというよりもむしろメキシカン。正直言って、ちょっとうさんくさい。

 しばらくしてから、「ディナーに行ってみたけど、美味しかった」、「ランチもやっているっぽいぞ」と父から仕入れた情報によって私も次第にそのお店へ通うようになり、いつの間にか自分にとって一番の馴染みのお店へとなっていた。こじんまりとした、街に溶け込んだレストラン。そんなお店も、今年で20年を迎えたそうだ。

 フレンチといえば、少々敷居の高い響きがあるけれど、そのお店は私が寝起きに一人、ジーンズにTシャツを着て、つっかけでも行けるような、そんな気軽な雰囲気のお店だ。店内にパリ・サンジェルマンのフラッグやマフラーが飾ってあるのは、そのお店の主であるシェフの趣味によるもの。信じられないほどの良心的な値段ながら、出される料理は本当にどれも美味しい。今までもたくさんの友人を連れて行った、思い出深く、自慢のお店。2月も友人を一人連れて行く予定だったし、3月も行こうと考えていた。

 そんなお店が1月いっぱいで、突然閉店をした。

 閉店の理由はいろいろあるので仕方のないことにしても、そのお店は私にとって初めてできた馴染みのお店だったし、言うならば私の人生の一部だった。当の本人たちもこんなに突然閉めるなんて思ってもいなかったようで、現実に気持ちが追いついていないような、なんだか変な様子だった。

 運良く、本当に運良く、私はこのお店の最後のお客さんになれた。シェフが作る一皿一皿が、このお店にとって最後に提供する料理だと思いながら、噛み締めて味わった。私にとってこのお店の記憶は、私が一生持ち続ける宝物だ。

 料理と試合は、似ていると思う。一人だけで完結しても、なんの面白みもない。誰かと共有することで、その価値が何倍にも膨れ上がり、たくさんの人の心を動かす。それを作り出せる選手たちもまた、誰かにとっての宝物なんだろう。引退をしてもなお誰かの記憶に残り、誰かの励みになり、誰かの夢になる。

 そういうものを多く持ち合わせているほうが、もしかしたら人生は豊かになれるのかもしれない。





加藤未央(かとう・みお)

1984年1月19日生まれ、神奈川県出身。 2001年に「ミスマガジン」でグランプリを獲得し、05年には芸能人女子フットサルチームにも所属。07年から09年まで「スーパーサッカー」(TBS)、09年から15年まで「スカパー!」 のサッカー情報番組「UEFA Champions League Highlight」のアシスタントを務め、Jリーグや海外サッカーへの知識を深めた。現在は、ラジオ番組「宮澤ミシェル・サッカー倶楽部」などにも出演し、フットサル専門誌「フットサルナビ」でも連載中。15年4月からオフィシャルブログ「みお線」もスタートした。http://ameblo.jp/mio-ka10/

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